# ヤナセホールディングス創業者 梁瀬 長太郎が日本自動車殿堂入り

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- Category: 自動車ビジネス
- Published: 2026-11-05T08:31:48+09:00
- Modified: 2026-11-05T08:31:48+09:00
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## Summary

株式会社ヤナセホールディングス（代表取締役社長執行役員:森田 考則、本社:東京都港区）の創業者である梁瀬 長太郎は、大正&hellip;

## Body

株式会社ヤナセホールディングス（代表取締役社長執行役員:森田 考則、本社:東京都港区）の創業者である梁瀬 長太郎は、大正の自動車産業黎明期における日本の自動車産業拡大への貢献などにより、2026年の日本自動車殿堂の殿堂者に選出され、殿堂入りを果たしました。

日本自動車殿堂は、「梁瀬 長太郎氏は、大正の自動車産業黎明期からその重要性を認識し、梁瀬商会を創業。米国からの自動車輸入を拡大したほか、ボディ製造をはじめ自動車部品販売や自動車免許取得教育に努め、自動車修理業を推進。ヤナセのブランドにおいて日本の自動車産業の拡大に多大なる貢献をした」ことを選出理由としています。

梁瀬 長太郎は、1879（明治12）年に群馬県碓氷郡豊岡村で梁瀬家の長男として誕生。1904（明治37）年に東京高等商業学校（現一橋大学）を卒業後、大阪商船株式会社に入社、翌1905（明治38）年に三井物産株式会社に入社しました。入社後はインドのボンベイ（現・ムンバイ）に 1年派遣され、綿花の取引に従事し、帰国後は機械部の鉱油係に配属され、貿易事業や商業について学びました。

1912（大正元）年、三井物産は米国ゼネラルモーターズ社傘下のビュイック社の販売代理権を獲得、機械部で輸入販売することになり、鉱油係主任であった梁瀬 長太郎がその翌年から担当になります。しかし、当時の日本は全国の自動車保有台数がわずか1,000台程度で、また、「自動車は値段が高くて危険」という印象が強かったこともあり、なかなか販売台数が伸びず赤字を計上したことから、三井物産は自動車の取り扱いを停止することとなり、1915（大正4）年5月25日、梁瀬 長太郎が三井物産の事業を引き継ぐ形で「梁瀬商会」を創業します。
ヤナセホールディングス創業者　梁瀬 長太郎、創業の1915（大正4）年に撮影
1915（大正4）年の創業当時に販売を開始した『ビュイック』
1922（大正11）年には純国産車「ヤナセ号」を製造。現在の国内自動車メーカーよりいち早く純国産自動車の試作に取り組んだものの製造コストがかさみ量産化を断念、元来の輸入車販売業に重点を置きます。1923（大正12）年に関東大震災が発生した際は、「復興には物より人の移動が優先する」と出張先の米国で、トラックの輸入を勧める周囲の反対を押し切ってゼネラルモーターズ社に乗用車2,000台を発注。この経営判断が当たり輸入した自動車すべてが半年で完売したことで、震災後の復興に貢献するとともに、梁瀬自動車も大きく社業発展を遂げました。
1922（大正11）年に製造された純国産車「ヤナセ号」
梁瀬 長太郎は、自動車産業の裾野を支える整備業界の発展のため、業界団体を設立するなど環境整備に尽力するとともに、自動車交通産業の発展を目的に、運転免許取得者の育成にも力を注ぎました。第二次世界大戦の終戦を迎える1945（昭和20）年に梁瀬自動車の社長職を次男の梁瀬 次郎に譲った後は、会長として戦後の復興と社業再興に親子で取り組み、高度成長期の日本とヤナセの発展を見届けながら1956（昭和31）年6月、病気により逝去しました。
梁瀬 長太郎（写真：左）と、2代目社長・会長を歴任した梁瀬 次郎（写真：右）

日本自動車殿堂には、ヤナセ2代目社長・会長を歴任した梁瀬 次郎（1916（大正5）年～2008（平成20）年）も2001（平成13）年に初代殿堂者として選出されており、このたび親子2代での殿堂入りとなります。

＜ご参考＞梁瀬 長太郎（やなせ ちょうたろう）略歴

1879（明治12）年12月15日生まれ　群馬県出身
1904（明治37）年3月　　東京高等商業学校（現一橋大学）卒業
1904（明治37）年4月　　大阪商船株式会社入社
1905（明治38）年  　　　三井物産株式会社入社
1915（大正4）年5月  　　個人経営の梁瀬商会を設立
1920（大正9）年1月　  　梁瀬自動車株式会社・梁瀬商事株式会社設立、両社代表取締役社長就任
1945（昭和20）年5月　　代表取締役会長に就任
1956（昭和31）年6月11日　逝去

受賞歴 1956（昭和31）年 正六位勲五等

社外の主な役職　輸入自動車協会 会長（初代）
全国自動車整備組合 理事長
日本機械輸入協会 会長

【株式会社ヤナセホールディングスについて】
株式会社ヤナセは2026年10月1日をもって持株会社体制に移行し、商号を株式会社ヤナセホールディングスに変更しました。ヤナセホールディングスはグループ全体の戦略立案および各グループ会社の経営統括を担います。

本記事は、株式会社ヤナセホールディングスが2026年11月4日にPR TIMESで発表したプレスリリースを原文のまま掲載しています。元のリリース：ヤナセホールディングス創業者 梁瀬 長太郎が日本自動車殿堂入り
