ダイハツ一筋43年の元エンジニア・藤下修が語る「学び車遍歴」 2代目コペンとムーヴ キャンバス誕生の舞台裏とは
クルマ好きのゲストが歩んできた愛車の歴史から、その人の人生をひもとく『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』。10月24日(土)よる9時からのBS日テレの放送回には、元ダイハツ開発エンジニアの藤下修さんが登場します。メーカーの開発現場で長年クルマづくりに携わってきた作り手が、どんなクルマに触れて何を学んだのか。業界の内側を知る人物ならではのエピソードが期待できる回です。

ブレーキ開発からコペンのチーフエンジニアへ
藤下さんは1984年にダイハツへ入社しました。ブレーキなどの技術開発を担当し、2011年には新型コペンのチーフエンジニアとして2代目モデルを世に送り出しています。定年退職を迎えたいまもクルマへの愛情は変わらないといいます。
ところが、少年時代はラジオで洋楽を聴くのが好きな音楽青年だったそうです。そんな藤下さんがなぜダイハツに入り、自動車の世界にのめり込んでいったのか。番組では、クルマづくりに没頭するきっかけとなった意外な人物の存在も明かされます。今回は藤下さん自身の提案で、コペン開発につながった名車の数々を「学び車遍歴」としてたどる構成です。
世界限定200台の「シャレード 926ターボ」と38年ぶりに再会
兵庫県神戸市で育ち、幼いころからアメ車に親しんでいた藤下さん。入社から半年後に手に入れた初めての愛車は、1985年のサファリラリーでクラス優勝を果たした世界限定200台の「シャレード 926ターボ」でした。クルマに関心がなければまず選ばないマニアックな一台で、小木さんも「モノトーンでかっこいい!」と絶賛します。この車を選んだ意外な理由や、限定車ならではの特徴も語られます。
配属された実験部でブレーキ開発に携わった藤下さんは、「人の命を預かるからこそ本気で学ばなければ」と考えていたそうです。週末には愛車で2000〜3000kmを走り込み、クルマの基本や整備の大切さを体で覚えました。この経験が、のちのクルマづくりの原点になったといいます。番組では38年ぶりに初愛車と再会し、藤下さん自らステアリングを握ります。2代目コペン誕生の礎となったストーリーにも注目です。

セルシオに学んだ「最高を知る」ことの意味
次の“学び車”は「トヨタ セルシオ」です。藤下さんはこのクルマを「日本が欧州の高級ラグジュアリーに追いつけ追い越せと挑んだ、技術者の努力のかたまり」と表現します。当時は社内で呆れられるほどの“乗りたい病”だったそうで、「最高を知らないと真ん中も最低も作れない」という持論のもと、さまざまなクルマの試乗を重ねました。
なかでもセルシオのブレーキ性能からは多くの気づきを得て、ダイハツ版の高級車開発にも乗り出したと振り返ります。また同じ時期に、クルマづくりで最も影響を受けた「師匠」と運命的な出会いを果たしたことも明かされます。ダイハツのクルマづくりそのものを大きく変えていくことになったという人物とのエピソードには、おぎやはぎの二人も深くうなずきながら聞き入っていました。

集大成は大ヒット車「ムーヴ キャンバス」
藤下さんのダイハツ人生の集大成として最後に登場するのが「ムーヴ キャンバス」です。2016年から2022年に販売された初代モデルは約38万台を売り上げました。愛らしいデザインに加え、史上初となる両側スライドドアの採用など、女性ユーザーを徹底的に意識した工夫が詰め込まれています。座席の下を引っ張ると現れる、日本車で初採用となった機能も紹介され、スタジオは大いに盛り上がります。
開発の裏話も見どころです。最も苦労したのは「全高の低さ」と「カワイイデザイン」の両立でした。デザインと機能性のはざまで行き詰まるなか、藤下さんが出した“ある画期的な提案”によって、一気に完成への道が開けたといいます。
- 番組名:おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!
- 放送日時:10月24日(土)よる9時〜9時54分(毎週土曜放送)
- 放送局:BS日テレ
- 出演:おぎやはぎ、今井優杏(自動車ジャーナリスト)
- ゲスト:藤下修(元ダイハツ開発エンジニア)
出典:BS日テレ











